低侵襲手術の取り組み

呼吸器外科領域における低侵襲手術

肺切除において患者さんにかかる手術の負担を減らす取り組みとして、当科では以下の2つを心がけています。

  1. 傷口を小さくする(胸腔鏡手術・ロボット支援手術)
  2. 根治性を担保しつつ切除する肺を限りなく少なくする(肺区域切除術・亜区域切除術)

1.傷口を小さくする(胸腔鏡手術・ロボット支援手術)

肺を切除するための身体に負担の少ないアプローチとして以下の方法で行っています。

  • 胸腔鏡手術
  • ロボット支援手術

胸腔鏡手術

2000年頃までは開胸手術で約20-30cmの傷口を設け、肺を切除することが一般的でした。しかし胸腔鏡という細い棒状のカメラが開発され、肋骨の間に穴を開けカメラを挿入し中の様子をモニターに映し出すことが出来るようになり、小さな傷口での胸腔鏡下手術が可能となりました。さらに昨今の胸腔鏡カメラの精度向上、術者の技術向上により胸腔鏡のデメリット(距離感や直接臓器を触れられないことなど)を克服出来るようになりました。胸腔鏡手術は、ポート(穴:直径5-30mm)を3~4カ所設けて行い、肺癌であれば癌を含めた肺の切除、気胸であれば肺からの空気漏れの閉鎖を目的としますが、当科では従来の開胸手術と同等のクオリティーを維持して行っています。

胸腔鏡手術の最もわかりやすい利点は傷が小さく目立ちにくいことです。また呼吸に携わる筋肉を切離しないため呼吸機能温存が可能であり、高齢者や低肺機能(重喫煙者、肺気腫、肺線維症など)の患者さんに特に有用と考えられます。また、術後の疼痛も開胸手術に比べ少なく回復が早いことから入院期間の短縮につながります。

当科では気管支または血管形成が必要な局所進行癌を除き、胸腔鏡手術を基本として手術を行っています。胸壁浸潤肺癌においても胸腔鏡下に癌が浸潤した肋骨を一部含めた胸壁合併切除を行い、可能な限り身体に負担の少ない手術を目指しています。

ロボット支援手術

胸腔鏡下手術の最新技術としてダヴィンチを用いたロボット支援手術が行われ、呼吸器外科領域では2018年に肺癌(原発性・転移性)と縦隔腫瘍(良性・悪性)が保険適応となりました。当科でも国内資格を取得した上でロボット支援下手術を行い、着実に実績を重ねております。

肺皮膚切開

医師は内視鏡の3Dカメラで映し出された鮮明な立体画像を見ながら手術を行います。手術操作時に用いるロボットアームは、人の手以上に器用な動きが可能で、狭い隙間でも自由に器具を操作できます。ロボットアームの先端は医師の手と完璧に連動し、自分で器具を持っているような感覚で手術が可能です。ロボットにしかできない動き(関節の360度回転など)で、緻密さが要求される正確な作業も可能です。

側胸部に2-3cmほどの小切開創と8mmのポートを4か所設置し手術操作を行います。当科での一般的な胸腔鏡手術よりもポートが1か所増えますが、ポート径が細く、同一肋間に置くことから、術後疼痛は胸腔鏡手術と同等です。特に縦隔リンパ節郭清などの精緻な操作では、3D両眼視で術野を拡大して確認でき、多関節な鉗子(ロボット鉗子)を使用できるロボット支援下手術は大変有効です。

ダビンチの写真

術者が同じ手術室にある操縦室(サージョンコンソール)で操作し、右の手術用ロボット ダビンチのアームを動かすことで、
より繊細な手術が可能となります。

2. 根治性を担保しつつ切除する肺を限りなく少なくする(肺区域切除術・亜区域切除術)

一般に肺癌の患者さんはご高齢の方が多いため標準術式である肺葉切除は切除肺容量が大きく(10-25%程度)身体に負担のかかる手術となります。2021年に小さな肺癌に対する大規模臨床試験(JCOG0802/WJOG4607L)の結果が報告され、2cm以下の小型末梢肺癌では標準術式の「肺葉切除」と比較して縮小手術の一つである「肺区域切除」で5年生存率が上回る結果がでました。このことからこれまで癌根治のためには大きく切除する肺葉切除が良いとされてきましたが、術後生存のためには切除肺容量を小さくすることも重要であることが示唆されました。その後、多くの試験結果で小型肺癌に対しては縮小手術の良好な成績が報告され、肺癌診療ガイドライン 2023年度版で、「肺区域切除」が標準術式として推奨されるにことになりました。しかし「肺区域切除」は技術的難易度が高いため我々外科医にも詳細な解剖理解や高い技術力が要求されます。
我々は肺区域切除術の開発に精力的に取り組み、現在以下の様な特徴で行っています。

  • 完全胸腔鏡下
  • 術前3DCTにより症例毎の解剖を理解
  • すべて区域および亜区域での切除が可能
  • 区域間に近い病変でも最小限の切除範囲で切除可能(2区域切除、区域+亜区域切除)
  • 多発肺癌や低肺機能の患者さんでも切除可能
  • 異時性肺がんに対する再手術で有用

完全胸腔鏡下

肺区域内のバリエーション豊富な肺動静脈・気管支および複雑な区域面の同定・切離は技術的に難しく、特に胸腔鏡下では操作制限や距離感の認識が難しいことから難易度が高くなっています。我々はそれらの課題を克服するための工夫を行い、患者さんに痛みの少ないアプローチとして完全胸腔鏡下で行う方法を確立し実践しています。
また、それらの課題を克服するためロボット支援胸腔鏡下手術も導入しております。ロボット支援を用いることにより3Dカメラで距離感の認識が容易でロボットアームで操作制限が少なくなり繊細な操作が可能です。

術前3DCTにより症例毎の解剖を理解

肺区域内の動静脈および気管支のバリエーションは症例毎に多岐に渡るため、その解剖を理解して手術に臨むことが安全・確実な手術を行う上で重要です。我々は基本的に術前3DCTを行い個々の解剖と病変の位置を理解して術前にシミュレーションを十分行い、さらに術中ナビゲーションとして術場に併設し手術を行っています。

すべての区域および亜区域での切除が可能

肺区域切除では区域間の同定・切離が難しく、特に区域面が複数から形成されるとその操作が複雑となり難易度が高くなります。我々は幾多の創意工夫を重ね「すべての区域に対する肺区域切除」を確立しています。これにより病変の部位によらず全ての小型肺がんに対して呼吸機能を温存した根治手術が可能となります。

全ての区域切除が可能の図

この手術で一番重要な区域間同定方法として、我々が世界で初めて開発し現在全国的に標準化されている「赤外光胸腔鏡とICGを用いた区域間同定法」を用いて行っています。これにより複雑な区域間を明瞭に同定することが可能となります。

ICGの図

切除する区域へ向かう血管を切離した後、ICGを静脈注射し赤外光胸腔鏡で観察すると、
右写真のように血流の違いにより切除する区域(紫色)と残す区域(緑色)が明瞭化し区域の境目が視覚的に分かります。
これは現在本邦で一般的に用いられる手法ですが、当科が世界で初めて開発した手法です
(Misaki N, et al, J Thorac Cardiovasc Surg. 2010 )。

部分切除で根治性が担保される肺癌(非浸潤癌)が肺深部に位置する場合、部分切除が困難であり広範囲な切除が必要となることがあります。我々は「全ての区域に対する区域切除」の技術を応用し、区域よりさらに細分化された単位の亜区域(右22亜区域、左20亜区域)で切除する「全ての亜区域に対する亜区域切除」を行っています。
さらにそのような微小病変の切除をより確実にするため、当科オリジナルで「金属クリップと術中CTを用いた切除マージン確保の工夫」も行っています。

左S3c亜区域切除のイメージ

区域切除よりもさらに細分化された亜区域切除の3DCTイメージです。緑の領域が左S3c。

左S3c亜区域切除のイメージ 術中CT

ICGで同定した区域間の肺にクリップをつけ、術中CTを撮像することで腫瘍と区域間ラインの位置関係、
腫瘍からのマージンを確認できます。(黄色のドットをつなげたラインが切離線、腫瘍が緑)
(Chang SS et al. Ann Surg Oncol. 2023)

区域間に近い病変でも最小限の切除範囲で切除可能(2区域切除、区域+亜区域切除)

肺区域切除を行う際、病変が切除区域の中心にあることは少なく、区域間近傍に位置していることが多くあります。その切除を1区域で行うと切り口から腫瘍までの距離が近く局所再発してしまう可能性があります。そのため我々は、そのような病変の切除の際、隣接区域を切除する2区域切除や亜区域を追加切除する区域+亜区域切除を行うことにより最小限の切除範囲で病変の確実な切除を行っています。

境界付近でも可能の図

多発肺癌や低肺機能の患者さんでも切除可能

スリガラス陰影を伴う肺がんを含めた小型肺癌は予後良好ですが、時に多発することがあり肺葉切除では呼吸機能温存が難しく手術適応とならないことがあります。我々はそのような多発肺癌に対して複数区域切除を行うことにより呼吸機能を温存しながら根治的な手術が出来ると考え行っています。
また、低肺機能の患者さんでは病変の大きさに関わらず肺葉切除が困難なことも多く、手術適応外となってしまうことが多々あります。このような患者さんにも肺区域切除を用いることにより呼吸機能を温存した手術を提供することができます。

多発肺癌や低肺機能の図

異時性肺がんに対する再手術で有用

肺がん術後の異時性肺がんで残存肺に新規肺癌が指摘された際、その切除のため中枢肺動脈の処理を伴う残存肺葉切除を行うのはリスクが高い手術となり開胸手術となることが多いです。これらに対し肺区域切除の技術を用いて切除すれば、中枢肺動脈の操作を行う必要がないため初回手術と同様に胸腔鏡下で安全な手術が可能となります。

縦隔腫瘍・胸腺腫瘍

縦隔腫瘍の手術でも、身体への負担を減らす手術を行なっています。縦隔腫瘍の手術では主に胸骨正中切開という胸骨を縦に切る手術が一般的でしたが、回復に時間がかかり、美容的にも優れません。近年では肺手術と同様にカメラで手術をおこなう胸腔鏡手術が行われるようになりましたが、施設により方法が異なり、行なっていない施設もあります。
当院では右胸の側胸面に3カ所のポート(直径5-15mm)と、みぞおちに1箇所のポート(直径15mm)の計4カ所の穴をあげて行う方式をとっています。
この方式は傷を小さくしつつ、術者と助手の協調作業で良好な視野のもと安全・確実な病変の切除が可能となります。特に胸腺腫の手術で必要となる、胸腺組織と周囲の脂肪の切除をしっかりと行うことができます。さらにある程度大きな腫瘍や周辺臓器の浸潤例(肺、心膜の一部)でも安全に胸腔鏡下の手術が可能となります。巨大腫瘍や周囲大血管に浸潤している症例では安全・確実に配慮して従来の胸骨正中切開を選択しています。

胸腺腫のポート

右側の創(ポート孔)とみぞおちの創を用いることで、正中切開と同等もしくはそれ以上の胸腺腫瘍切除が可能です