乳腺内分泌外科 診療科長挨拶 阿部宣子
乳癌患者数は1995年に女性の癌では胃癌を抜いて第1位となりました。40代から60代と若い年齢層に多く、早期発見・早期治療で長期生存が可能であること、他の癌腫と異なり初期治療後10年、15年後の晩期再発が一定の割合で起こり経過が長いことから、病院で継続して治療が必要な患者数は年々増加の一途をたどっています。
当科で扱う疾患は殆どが乳癌ですが、紛らわしい良性疾患も多く画像と病理診断に関する広範な知識が不可欠です。乳癌と診断がつけば、ステージとサブタイプを基にして外科療法、薬物療法、放射線療法を最適な内容と順番で組み合わせ集学的治療を行います。さらには乳房再建、遺伝性乳癌、若年で薬物療法を受ける患者さんに対する妊孕性保持、多職種からなるチーム医療、緩和医療、乳癌検診など、乳腺診療には様々な局面があります。必要な知識と技術は多岐にわたりますが、最も重要なのは患者さんを思い遣る心です。
乳癌は基礎研究、Translational research、臨床研究のいずれもが進歩しており、個別化治療の実践が可能です。手術治療は腋窩郭清の省略などより低侵襲な手技を目指して研究が進められています。センチネルリンパ節の同定は従来の色素法、RI法に加えてインドシアニングリーン(ICG)蛍光法を用いた方法が開発されました。放射線被曝のあるRI法に代わるセンチネルリンパ節同定法であり、精度や長期予後、安全性について当施設でも検討・研究を行っていきます。さらにcCRが得られたHER2陽性乳癌や、DCISの非切除療法の臨床試験が進んでおり、画像診断での治療効果判定とその方法も重要です。薬物療法は抗癌剤、内分泌療法に加えて分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害薬など多種多様な選択肢が増え、恩恵を受ける患者集団の特定が今後の課題です。
診療と研究の急速な進歩から、乳腺専門医に求められる能力は年々高まってきました。乳癌は単一臓器の単一疾患でありながら非常に多様性に富んでいます。腫瘍学のモデルとなる分野であり、診断・治療選択の難しさと同時に魅力と奥深さを存分に味わえます。 最新の研究知見や治療動向を鑑みながら、質の高い乳癌治療を安定して提供出来るように、多くの乳腺specialistが育つ環境をここ香川大学で構築したいと思います。本学で治療を受けた方が20年後も継続して最高の医療を受けられるよう、香川の乳腺診療に微力ながら貢献したいと願ってやみません。
2022年8月